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大阪地方裁判所 平成2年(ヨ)2704号 決定

申請人

井手窪啓一

右代理人弁護士

桜井健雄

正木孝明

井上英昭

被申請人

岩井金属工業株式会社

右代表者代表取締役

広沢清

右代理人弁護士

原則雄

中村善胤

主文

一  申請人が被申請人に対し労働契約上の権利を有する地位にあることを仮に定める。

二  被申請人は申請人に対し、平成二年一一月から本案の第一審判決言渡しに至るまで、毎月二六日限り月額一七万二九〇〇円の割合による金員を仮に支払え。

三  申請人のその余の申請を却下する。

四  申請費用は被申請人の負担とする。

理由

第一申請の趣旨

平成二年一〇月分から無期限に金員仮払を求めるほか主文と同旨。

第二事案の概要及び争点

一  被申請人は、金属プレス板金溶接加工及び金属製品製造等を目的とする資本金一億九九六〇万円の株式会社であり、従業員数はその一〇〇パーセント子会社の従業員一二名を含め一八七名である。

申請人は、昭和五八年五月に被申請人に溶接工として採用され、以来被申請人の本社工場第一溶接所属の溶接工として勤務し、後記解雇当時、被申請人の従業員の一部で組織する岩井金属労働組合(以下「組合」という。)の執行委員長の地位にあった。

被申請人は、平成二年一〇月一五日付で申請人を解雇する旨の意思表示をした(以下「本件解雇」という。)。

二  申請人は、本件解雇には何ら正当な理由がなく、被申請人が申請人の組合活動を嫌悪したことによる以外のなにものでもないから無効であると主張する。

したがって、本件の主要な争点は、本件解雇の理由の存否とりわけ本件解雇が申請人の正当な組合活動の故になされた不当労働行為か否かにある。

第三争点に対する判断

一  本件疎明及び審尋の全趣旨によると、次の事実が認められる。

1  組合は、平成二年六月六日、申請人のほか、被申請人の従業員約五〇ないし六〇名により結成され、同日の組合大会により申請人が執行委員長に選任された。

2  組合は、右同日、被申請人に組合結成を通告するとともに、被申請人に対し、夏期一時金の平均四〇万円の支給、家族手当、住宅手当の増額、人員増、労働時間の短縮、職場環境の改善の要求のほか、組合事務所の供与及び組合掲示板の設置等を書面により求めた。そして、翌同月七日、当時の被申請人代表取締役岩井正雄らとの間で行われた団体交渉の結果、組合と被申請人は、組合掲示板を各工場に一つづつ設置すること、食堂の使用を認めること、就業時間外の会社施設内での組合活動を保障すること、就業時間内でも執行委員長への連絡通信を取り次ぐことを内容とする協定を締結した。更に組合掲示板の設置に関しては、本社工場その他の工場に合計六箇所(本社工場には一箇所)が新設することとされ、被申請人から組合に掲示板六枚が交付され直ちに組合により設置された。

ところで、右協定に基づき本社工場に設置すべき掲示板は、本社工場の入口横に設置されたが、本社工場内にはこれとは別に、従前から被申請人の従業員に対する連絡事項のほか組合の前身である従業員組織である評議員会の使用に供されていた掲示板(以下「本件掲示板」という。)があり、組合の結成後も組合が被申請人にその使用を申し入れて引き続きこれを使用し、被申請人も右使用につき特に異議を述べたことはなかった。

3  ところが、同年一〇月二日、広沢清は、被申請人の発行済株式総数の過半数を引き受けて被申請人の支配株主となり、同月四日に代表取締役に就任した。

これを受けて組合は、同月三日、被申請人の取締役会宛に、社長交代に伴い労働条件の不利益な変更を行わないこと、社長交代の調印内容等を公表し労働条件に関わることについては組合と協議し決定すること、緊急に団体交渉を開くことを要望するなどの内容の決議文を交付した。

広沢清は、このような組合の行動を快く思わず、同月五日に行われた社長就任パーティーにおける挨拶の中で「私が来たそうそうビラとかポスターで迎える者がいる」などと組合に対する不快感を表明し、暗に組合の行動を非難した。

4  同月一一日、被申請人は、渕上総務部次長をして、組合に対し、本件掲示板を撤去するよう申し入れさせた。組合は、被申請人の本件掲示板の撤去要求に対し、直ちに団体交渉を申し入れるとともに、同月一三日、本件掲示板に「組合としては撤去も含めて柔軟に対応する用意があります。一方的に撤去されるようなことがあれば不当労働行為であり、そんなことがあってはなりません。」と書かれたポスターを貼ったところ、同日午後四時過ぎ頃、広沢清が本件掲示板の前にやって来て組合執行委員長である申請人を呼び付け、その場で本件掲示板を撤去するよう申請人に迫った。

これに対し、申請人は、「僕らは絶対はずさないと言っているのではない、団体交渉で話し合って決めたいと言っているのです。」などと答え、重ねてこの問題についての団体交渉を要求したところ、広沢清は、「じゃあ、お前やめろよ。ここであんたの解雇通告をする。あとは裁判でやりな。」などと言い、口頭により申請人に解雇を言い渡した。そして、被申請人は、同月一五日付で同年九月二一日から一〇月一三日までの日割計算による給与九万四五一五円及び解雇予告手当一七万二九〇〇円を申請人の預金口座に振り込んだ旨を通知した。

5  被申請人は、同月一五日(一四日は日曜日)以降、申請人の就労を拒んでいる。そして、被申請人は、本件掲示板に広沢グループのスローガンを書いた白いボードを貼って組合掲示板としては使用できなくし、その他従来の団体交渉により構内に設置が認められていた掲示板を一一月上旬中までに全て撤去し、更にその頃、組合事務所をフォークリフトを用いて使用できないまでに破損した。

二  ところで、被申請人は、本件解雇の理由として、組合と被申請人との団体交渉の結果組合が使用することを認められたのは、本社工場に関しては入口横に設置された掲示板だけであって、本件掲示板については、いまだその組合使用についての合意が成立しておらず、組合は本件掲示板を使用しうる権限がなかったから、その撤去を求めたのにかかわらず、申請人はこれに従わなかったものである旨主張する。

しかしながら、本件掲示板が、組合結成後の団体交渉において新たにその設置が認められたものか否かについては疑問があるものの、組合の結成前からその前身ともいうべき評議員会の使用に供されていたものであり、組合結成後も約四か月間にわたり引き続き事実上組合の使用に供され、その間本件解雇に至るまで被申請人からその使用につき異議が述べられたことがなかったのであるから、被申請人のした本件掲示板の突然の撤去要求に対し組合ないし執行委員長である申請人が団体交渉を求めたこと自体は正当であって、このことを捉えて申請人が被申請人の業務命令に違反したものということはできず、かかる事由を本件解雇の正当事由とすることはできない。むしろ、前記認定の経緯に照らすと、本件解雇は、被申請人とりわけその代表取締役に就任した広沢清において組合を嫌悪し、組合が正当な組合活動をしたことを理由にその執行委員長である申請人に対する不利益取扱ないし組合に対する支配介入を意図してなされたというべきである(労組法七条二号、三号参照)。したがって、本件解雇は、不当労働行為と評価すべきものであり、解雇権を濫用したものとして無効である(なお、被申請人は、広沢清が申請人に解雇を言い渡した際、申請人がこれに対し解雇予告手当を請求して解雇を承認した旨をも主張するが、本件全疎明を総合しても、申請人において本件解雇を承認したとの事実を一応認めるに足りないから、右主張は失当である。)。

三  そうすると、申請人は、いまだ被申請人の従業員たる地位にあるというべきところ、被申請人は本件解雇によりその地位が消滅したとしてこれを争っている。そして、本件疎明及び審尋の全趣旨によれば、申請人は、被申請人から支給される賃金のみをもって生計を維持している者であり、本件解雇当時、基本給として九万六九〇〇円、調整手当として六万八〇〇〇円、皆勤手当として六〇〇〇円、住宅手当として二〇〇〇円の支給を毎月二六日までに受けており、被申請人から賃金の支給が受けられないことにより、その生活が困窮し、回復しがたい損害を被るであろうことが一応認められるから、被申請人に対し、申請人が被申請人の従業員たる地位を有することを仮に定めるとともに、平成二年一一月支払分以降本案の第一審判決言渡しに至るまで、毎月右月額合計相当額一七万二九〇〇円の賃金の仮払を求める必要性も肯認することができる。しかし、同年一〇月支払分の未払賃金の仮払を求める部分については、前記のとおり、申請人は、既に同部分につき同年九月二一日から一〇月一三日までの日割計算による賃金の支払を受けており未払残額が僅少であること、また、第一審の本案判決の言渡し以降の賃金の仮払を求める部分については、申請人が右判決の勝訴して仮執行宣言を得ることにより、これと同様の目的を達することができるから、いずれも保全の必要性を欠くものというべきである。

四  よって、本件申請は、主文の限度で理由があるから、本件事案の性質上、申請人に保証を立てさせないでこれを認容し、その余の申請は右のとおり理由がなく、申請人に保証を立てさせて被保全権利ないし保全の必要性の疎明に代えるもの(ママ)相当でないからこれを却下し、申請費用の負担につき民訴法八九条、九二条ただし書に従い、主文のとおり決定する。

(裁判官 田中俊次)

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